元生徒からの手紙
去年まで3年間持ち上がって担任していた
今年高等部1年生になった生徒から
手紙をもらった。
卒業アルバム
(卒業式の日に間に合わせられなくて
開き直って卒業式も入れたアルバム)と
卒業写真を入学式の日に渡してもらっていた。
私は幼稚部に異動になっていて
そちらの幼児の対応をしなくてはいけなかったから
直接渡すことはできなかったから
新担任に託けていた。
高等部と幼稚部
同じ学校とはいえ
時間割も違うしなかなか会うことがない。
彼女はとても空気を読む子だから
私が仕事をしていることがよくわかっており
なかなか幼稚部の教室に入れなくて
新担任と一緒に昼休みに届けに来てくれた。
お手紙1

お手紙2

このお手紙は少し解説。
ふたつめの「 」ちゃんには
私のカウンセラーさんの名前が入っています。
カウンセリングに行くと言ったことはないけど
私との話の中で
私が定期的に親しく話をしに行く人と覚えたみたいです。
「しゅうがく」は多分「にゅうがく」のつもりだと思う。
自分が入学したことが嬉しかったのだろうなと思う。
中学部時代
彼女はとにかく文章を読むのも書くのも苦手。
記憶力がいいので本読みは丸覚えしてしまうから
読めていると勘違いされてきたのではないかと思う。
小学1年生程度の漢字は書けると引き継ぎされてきたけれど
実際は、なんとか、ひらがな・カタカナは書けるけれど
カタカナなんかはすぐ忘れていく。
そんな状態だったから
本人も読み書きは大嫌い。
1、2年生の時は私が国語の授業を担当していたから
嫌がるけれどとにかく毎日宿題を出した。
ちょっとでも読むのが楽しくなるように
大好きな先生の写真を入れてみたり
ごほうびシールを使ってみたりと
あの手この手を使って、とにかく続けた。
3年生は国語の担当は外れたけれど
新しい国語担当に頼んで毎日宿題を出してもらった。
視覚障害があるから読むのが苦手なのだと引き継がれていたが
実際そんなことは関係なかった。
単に注意力が続かなくて視線を外してしまうことや
単語として言葉をとらえられていないこと
わかっている言葉が少なすぎることが問題だった。
1マスの中にきっちり字を入れるどころか
1マスにきっちりシールを貼ることも難しかった。
3年経って
そんな彼女が書いてくれた手書きの手紙。
しかも結構幅のせまい線に沿ってきれいに書かれた字。
ちゃんと意味の伝わる言葉。
どれだけ時間をかけて書いてくれたんだろう。
もらってすぐその場で読むことはできなかったから
授業が終わってから読んでびっくりした。
家に帰って読み返して
嬉しくて涙が出た。
ちらっと彼女と話した時に
今年は宿題がないのだといっていた。
「宿題、いらんよ」と言っていたけど
今の彼女は自分から宿題をしようとするのに。
仕事だけで毎日いっぱいいっぱいだったけれど
昔むかしに買ったかわいい便箋と封筒を引っ張り出して
手紙の返事を書いた。
手書きで手紙を書くなんて
何年ぶりだろう。
最後に
「おてがみ とても うれしかった。
つぎの おてがみ まっています。」と書いた。
もしも、また、お手紙がもらえたなら
担任も学部も離れたけれど
少しでも彼女が文章を書くきっかけになれるかもしれない。
もしきっかけになれたら嬉しいな。
教師をしていて嬉しい瞬間
仕事を続けることにアップアップしていて
いつまで続けられるか
いつになったら退職しても大丈夫かと日々思っている。
それでもこんな瞬間は
この仕事をしてよかったと思う。
自分の見立てが間違ってなかったのだと思えた瞬間。
自分の続けてきたことが形になったと思えた瞬間。
子どもと心が通い合えたのではないかなと思えた瞬間。
私の力の源
去年は毎日会える彼女に力を分けてもらっていた。
担任を外れた今も
彼女のくれた手紙が私に力をくれる。
そして
今関わっている幼児たちも
私に力をくれる。
敵陣に島流しにあった環境で
なぜか毎日仕事に行っているのは
子どもたちが分けてくれる不思議な力のおかげだと思う。
先週も毎日帰りも遅くてクタクタで
この土日はずっと引きこもってゴロゴロしていた。
家のこともなんにもできていない。
それでも明日は仕事に行くだろう。
いつまで続けられるかは自信ないけれど。
編集後記
なんかよくわからないのだけど
このブログを書くエディターというものに
「見出し」という機能がついているので使ってみた。
こんな使い方であっているのか?
そもそも
商品の紹介や、何かの解説ブログじゃないから
無理に使う必要もないんかな?
「見出し」があることでかえって文章がわかりにくくなるような。。。
というか「見出し」を付けられるように
文章構成を考えて書くというのは
結構難しいんだなとわかった。




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