2001/08/15 (Wed) 16:25
友達の結婚 ~過去形と未来形の違い~
この1年、私のところにはやたらと「結婚しました」ハガキ・年賀状・暑中見舞いが届きます。
まあ、そういう年になったんだなあ、とは思いますが。
年賀状だけの付き合いになっている知人や、仕事関係の知人、
そして、まあ、普通の友達からの「結婚しましたハガキ」は、別に普通のことだと思っています。
そもそも、この1年、仕事の関係で離れていた郷里に7年ぶりに戻ってきたものの、
心身の状態が悪くて、友達関係をほったらかしにしていたのだから。
しかし、一応、私の方は、小学校からの幼なじみで親友の1人、と思っていた友達から、
突然「結婚しましたハガキ」を受け取ってしまったことは、結構、ショックだったみたいです。
電話恐怖症で、家の電話線もつないげていない私は、
どうしても必要なところと、ごく少ない友達にだけ、
携帯留守番電話(仕事以外は着信音を切っているから)の番号を伝えています。
彼女にも、携帯の番号もメールアドレスも伝えていました。
そして、友達とさえ会うことも電話することも苦痛と感じてしまう、
私の状態も伝えていたつもりでした。
それでも(だからなのかな?)「結婚しましたハガキ」は、
なんの前触れもなく、やってきました。
私は感情の揺れが許容範囲を超えてしまうと、
ブレーカーが落ちて電気が切れてしまうように、
かえって何も感じなくなるようです。
仕方がないから、機械的に現金書留で、
ありきたりなお祝いの言葉を添えて結婚祝を送り、
彼女からも商品券が送られてきました。
一応「急に決まって連絡しそびれて・・・」という内容の手紙は
添えられていましたが。
一応、これで私は一般的な「友達が結婚した時」のお付き合いは果たしたと思いました。
私の中では、これですべてが終わってしまいました。
終わりにしてしまわないと、私の心の整理がつかないのです。
もっとも、親友、といっても、確認するわけでもないので、
こちらが思っていても、相手がどう思っているかは別問題です。
今回はたまたま、両者の思いがずれていて、
私は親友と思い、彼女は「しましたハガキ」でよい相手、と
思っていただけのことなのかも知れません。
1年以上も音信不通にしていれば、
人も、人との関係も、変わっていって当然のことですから。
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ちょうど、同じような時期に、別の2人の親友が結婚しました。
彼女たちも私の状態を知っていました。
知った上で、私が返事も送れないことが多かったのにも関わらず、
メールをくれたりしてつながりを持ってくれていました。
少し調子のいい時は、食事に誘ってくれたりもしていました。
彼女たちは、前もって結婚のことを話してくれました。
今の私は、結婚して家庭を持った友達に会いに行けるような精神状態ではないし、
2人とも遠くに行ってしまうことになったので、淋しい、とは思いました。
それでも、私なりに、高価なものではないけれど、彼女たちの好きそうなものを選んで、
結婚祝を直接手渡すことができました。
彼女たちからも心のこもったお返しを受け取りました。
彼女たちとは今でも時々メールで話をしています。
いつか、私が元気になったら、遊びに行きたいと思っているし、
遊びにおいでよ、と、誘ってくれます。
決して、私をせかすのではなく、行けるようになるのを待っているからと言ってくれています。
こんな状態の私でも、待っていてくれる彼女たちの存在は、とてもうれしいなあ、と思います。
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人との関係は1人1人、相手によって違うから、比べられるものではないけれど、
もし、彼女たち2人からも「結婚しました」と過去形で伝えられていたら、
私は今のように、関係を持ち続けることができただろうか?
今もそうですが、あの頃の私の精神状態は「結婚の話」自体がこたえる内容でした。
彼女たちも、その事に気付いていたと思います。
だから、きっと私に言いにくかっただろうなあと思うのです。
それでも、前もって知らせてくれたことが、私にはうれしかった。
確かに感情は揺れたけれど、麻痺してしまうことなく、受け入れられたもの。
日本語は他の言語に比べて、過去・現在・未来形・・・なんて、
あまり意識しない言語のように思うのですが、
今回は過去形と未来形で、こんなにも感じ方が違うこともあるのだなあ、と思いました。
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