カメラ越しって? ーひとりごとー


今週




今週は保護者の居た日が1日でした。
とても比較的快適な1週間でした。




障害児の作り方




大人ばかりの中で
「自発性を大事にする」という名目で
何でもその子の言うとおりにして
「褒めるのが大事」という名目で
褒めることしかせず、悪い行動も指摘しない

その子が先生の眼鏡を奪おうとしたので
「それはやったらダメ!」とごく当たり前に叱ったら
普段叱られたことがないのでショックを受けて
家に帰っても「先生に怒られた」と言い
それを聞いた親が学校に文句を言ってきた

だから
今後は何をしても叱られることもないでしょう

やさしく「それはだめだよ」なんて言って
理解できるのはある程度大きくなってからだ
小さい子ほどダメなことはダメと
気迫を込めて言わないと伝わらない

そして
ダメなことを教えられないまま育っていく
大きくなればなるほど行動の修正は大変

その一方
その子はディサービスに行くのが嫌で
ディに行く日は学校で泣いて泣いて
先生にずっと抱っこしてもらっているのに
ディに行くのはやめないんだ

先生に怒られたからと言って泣いてはいなかったけどね

現在の幼稚部集団でしゃべれる子どもはその子だけ
知的に遅れがなく走り回れるのもその子だけ

一緒に遊ぶ子もいないから暇で仕方ない
大人相手だから何でも自分の思いのまま

部屋の中でも三輪車を乗り回し
肢体不自由の子が寝転がっている空間で
先生が事故にならないよう壁になる

4月から見ているだけでも
意味なく大きな奇声をあげたり
言うことを聞かなくなったり
食べ物の好き嫌いもきつくなってきたり
こだわりがきつくなってきたり
わがままになっているのが明らか

こうして学校で障害児が作られていく

私はその子に比較的はっきりものを言ってると思うのだが
そのわりには懐いてくれる

本気で対面してくれる人がほしいのだと思う

言葉のある子にもない子にも
私が一番はっきり嫌なことは嫌と言っていると思うが
子どもは懐いてくれているように感じる

カメラ越しに見ている人でなく
ちゃんと対面する人がほしいのだと思う




カメラ越しって?




YouTube動画の動物動画をよく見るけれど
あのペットたちはあんなにカメラで撮られてばかりで
さみしくはないのだろうか?
あれだけ取られ続けていたらそれが普通になるのかな?

私の飼っていた子は
カメラを向けると露骨につまらなそうな顔をしていた

私もカメラ越しで見るより
直接抱きしめて話をする方が好きだった

保護犬だったので
大勢の人に見守ってもらった子だったから
元気な姿を報告したくて写真を撮っていたけど
そういう動機がなかったら
もっと写真は少なくなっていただろうなと思う

今となっては
もっと写真も動画も残っていればなと思うこともあるけど
特に鳴き声が思い出せなくて
ベラの声
聞きたいなと思う


ペットと子どもを一緒にしたら怒られるかもしれないが
私としては
人間も動物には変わりないと思ってしまうのだが

今の親は参観日でさえ携帯のカメラごしで見ていたという

今 目の前の 生の子どもを見てよと叫びたくなる

子どもたちはカメラ越しでも見られている気がするのだろうか?







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